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2019年1月26日土曜日

米軍基地撤去から27年 フィリピン系市民団体BAYANが NYでドゥテルテ政権に抗議 

Sept 16, 2018


見て、この若さ!パワー!NYでの沖縄反基地スタンディングにも来てくれたことがあるBAYAN(バヤン)は全米25のフィリピン系市民団体の連合体。その全国総会がNYであり、在NYフィリピン総領事館にデモをしかけるという。辺野古での埋立承認撤回のチラシを手にでかけて行った。




フィリピンには27年前の9月に上院が米軍基地受け入れ協定の更新を拒否して基地を追い出した歴史がある。それでもアメリカの経済支援および軍事的・政治的影響力は現政権下で強力です。それも、ひどい形で。

2018年4月2日月曜日

翁長知事 ワシントンで講演 世界の自由主義を守るのも大切だけど、沖縄の生命・財産は守れないんですか


March 13, 2018 in Washington DC
沖縄県主催シンポジウム Changing East Asian Security Dynamics and Okinawa: Re-examining the U.S. Force Posture in Japan
翁長雄志沖縄県知事基調講演 (全文書き起こし)


みなさん、こんにちは。本日はこのようなシンポジウムを開催いたしましたところ、多くの方々にご参加をいただきまして感謝を申し上げます。沖縄県知事の翁長雄志でございます。基調講演をお引き受けいただいたウィリアム・ペリー元国防長官、そして今回のシンポジウムの開催にあたり、ご尽力をいただいたジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授、パネルディスカッションに参加していただく有識者の皆様方に心から感謝を申し上げます。


今日、いろいろ話はするんですけれども、約30分ということでありまして、皆様方のおてもとの方に、英語版の沖縄の基地問題や環境問題を中心とした資料がありますので、大体こういう内容を私の方も話をしますので、参考にしながらお願いをしたいという風に思っています。

私は、マイク・モチヅキ先生からもご紹介がありました通り、もうほぼ4年前に県知事に当選をいたしまして、それから今度で4回目のワシントン訪問となります。その都度、こういう形を含め、連邦議会を含めですね、いろいろ意見交換をさせていただいて、今日までに来ております。


沖縄県が日米安全保障体制の必要性を理解する立場であること、私が普天間飛行場、ぜひとも県外・国外にという話をするもんですから、沖縄は米軍基地みんなに反対しているんじゃないか、こういうような方もたくさんおられますけれども、普天間が返還されてどれだけ減るかというと0.7パーセントなんですね。ですから私が、反対をしているのは0.7パーセントに反対をしているのであって日米安保体制を十二分に理解しながら、沖縄の基地をできるだけ少なくしえくれというようなことをずーっと訴えてきてるわけであります。

2018年3月26日月曜日

沖縄へのメッセージ

2018年2月24日、5番街のNY図書館前での、山城博治さんたちの起訴取り下げを求めるスタンディング。参加してくれた人たちから、沖縄の辺野古新基地建設反対・基地撤去を求め闘いを続けている人たちにから、「なぜ、今日、ここに来たの?沖縄の人たちに思いをひとこと」とビデオ・メッセージを送っていただきました。


山城博治さんたちの無罪を訴えて いってきましたトランプタワー

2018年2月24日、五番街を賑やかに。「NO BASES NO WAR: No U.S. Military Bases in Okinawa」ラリー。


プロテストなのに、とってもなごやか。前からの知り合いもはじめて会う人たちも、バナーを手に隣り合ってたつ人たちと楽しそうにことばをかわしている。読経と太鼓の音が響き、サブロー師匠のソウルフルな三線が沖縄の心を奏でる。沖縄をはじめ、世界各地に作られたアメリカの海外基地。基地がなければ戦争もないと、基地反対を訴え、合わせて辺野古の新基地反対の活動の中で逮捕され、3月半ばの判決を待っている山城博治さんたちの無罪・起訴取り下げをアピールするスタンディングを行いました。





巨大なバナーも、「見ろ、見ろ」と攻撃をしかけ、忙し気に歩くニューヨークの人たちから「へー、沖縄だって」という声があがります。「沖縄はすごくいいところで、みんな親切。軍人で沖縄に配属された友達はみな、そういうんだけど、これはどうして?基地って何か問題があるの?」と不思議そうに聞いてくる人もいました。

2017年5月30日火曜日

進撃! メモリアルデーにNYで反辺野古基地建設アピール。


「NO WAR (戦争をなくす)なら、まずは基地をなくさなきゃ((NO BASE)」。隣で紀子さんがじれている。空は快晴、日曜日。メモリアルデーの連休のNY。ここは、マンハッタンの南端にあるバッテリーパーク。自由の女神があるリバティ島に向かうフェリー乗り場がすぐそばのこのあたりには、第2次大戦で海で亡くなった水兵、海兵隊、沿岸警備隊、4601人を追悼する碑が海に向かって立っている。きちんと終了しなかったため、モニュメントからみそっかすになっていた朝鮮戦争の戦没者の碑も、1990年代にはいってようやく全米にさきがけてここに建立された。

2017年5月6日土曜日

米NSAに貢ぐ日本

May 5, 2017



三沢の米軍基地の監視で、中東と北アフリカの全域でインターネットにアクセスする人の現在地がピンポイントでわかるんだ、って。

4月24日、NHKの「クローズアップ現代」が、スノーデンの「日本ファイル」を特集した日、情報源の『インターセプト』も、アメリカで独自記事を出しました。題して「グローバルな監視を拡張したNSAと日本の秘密取引の数々(Japan made secret deals with the NSA that expanded global surveillance)」。

アメリカが日本の基地を使って、いったい何をしているのか。「クローズアップ現代」を超えより詳細な情報が展開されています。日本はほんとにカモネギ状態。アメリカの世界制覇戦略にかいがいしく「ご奉仕」しているようすがよーくわかります。長い記事なので、ごく一部を抜粋してざざっと翻訳してみました。  

2017年2月6日月曜日

ホワイトハウス前 沖縄新基地建設に反対し基地撤去とヒロジさんの釈放を求めるプロテスト


2017年2月2日、ホワイトハウス前。沖縄新基地建設に反対し基地撤去とヒロジさんの釈放を求めるプロテストの現場で大山紀子さん(フェースブックのOkinawa Peace Appeal in Washington DC で大活躍)に聞きました。この日のプロテストには、廃物利用もここまで(帽子かけ?)という巨大巻物風バナーを作り、ニューヨークから仲間を拾いながら遠路はるばる車を運転してきたしずこさんや、ジョージワシントン大学での翁長知事の講演で「承認撤回をしないのはなぜか」という大勢の人たちがいま知事に一番問いたい直球の質問を単刀直入に投げかけたあきこさんなど、強力パワーが参加しました。プロテストは翌3日にも行われ、平和を求める元米兵の会(VFP)はじめ数々の平和運動で活躍するアン・ライトさんも参加、さらにノース・ダコタ・アクセス・パイプライン建設に反対するプロテストととも期せずしてつながるなど、すてきな場が生まれました。(文責:大竹秀子)


翁長沖縄県知事 ジョージワシントン大学で講演


2017年2月2日、沖縄の辺野古基地建設に向けて工事が重大な局面を迎え、またトランプ大統領と安倍首相の会談を目前にした時期、辺野古反対に関して上下両議員の理解を求めて訪米中の翁長沖縄県知事はジョージワシントン大学で講演を行いました。講演内容についてはすでに報道されていますが、質疑応答部分をできるだけ忠実に書き起こしておきます。安倍政権と米国の外交軍事政策にはさまれた苦境の中での知事のがんばりに声援を送ると共に、その動きは沖縄の人々、辺野古新基地に反対する人たちの悲願に応え、次の一歩へと共に進むあゆみを示しているのか?皆さんは、どうお考えでしょうか?(文責:大竹秀子)

質問(英語):トランプ大統領は、沖縄を道具として使おうとしている。安倍首相も対中国で米軍基地の拡大に賛成しているようだ。知事はこのチャレンジにどう対処するのか?沖縄の人たちはどう対抗できるのか?

2016年12月18日日曜日

OKINAWA: The Afterburn (『沖縄うりずんの雨』) NY上映会


2016年11月5日

『沖縄うりずんの雨』の再編集英語版『Okinawa:the Afterburn』全米8カ所で上映ツアー中。ボストンのハーバード大学での上映を終え、NYでも11月5日、監督のジャン・ユンカーマンさんを迎えた上映会が開かれました。日本版に比べて2時間に短縮されたほか、アメリカの観客に沖縄の今をみてもらうため、新たなインタビューが加えられました。



『ザ・思いやり』NY上映会


ドキュメンタリー映画『ザ・思いやり』のNYでの上映会(海外初上映だそう)に行ってきました。すでに6兆円もの税金が注ぎこまれてしまった、どう考えてもいびつな日本の思いやり予算の問題にコミカルにかつ真摯に向き合った作品です。

上映後のリラン・バクレー監督のビデオトークによると(ウィキリークスが暴露した)イラク戦争の映像『コラテラル・マーダー』を見たのが製作の引き金。厚木基地に近い綾瀬で家族とともに暮らすバクレーさんは、毎日のように騒音を立てて頭上を飛ぶ自国アメリカの戦闘機が殺戮に直結していることを知り、やむにやまれぬ思いにかられました。

なぜ?どうして?の素朴な疑問


2年半をかけて作られたこの映画はたぶんに手作り的で「なぜ、どうして?」という素朴な疑問にあふれています。

津波のためにすべてを失い先行きの見えない暮らしを送る被災者は後回しにして、米軍とその家族、基地施設のために巨額な税金を注ぎ込む日本政府。沖縄の負担軽減のためグアムに基地機能の一部を移転する計画もありこれにも日本政府が巨額を拠出していますが、大規模な人口の突然の流入と施設建設がグアムの自然と社会環境に壊滅的な打撃を与えるのは必至です。

被害者は、基地周辺の住民にとどまりません。潤沢な住宅や暮らしを日本で提供され良い目を見ているはずの米兵も、激戦地に送られた末、生命を落としたり、心身ともに取り返しのつかない傷を負い、帰国後も貧困や孤独の中で苦しんでいる人たちが大勢います。幸せだった家族生活も破壊されてしまうのです。

今後5年間で約9500億円


思いやり予算の実態については巨額な数字が飛び交い、頭がくらくらしてきたので、家に帰ってから最近の数字を探してみました。2016年4月に今後5年間(2016~2020)に向けて総額9465億円が日本側負担として議会で承認されたようです。これは15年度までの5年間の総額を133億円上回っています。

お人好しの国民を美辞麗句で金縛りにして、やりたい放題やる。日本政府のいつもながらの悪巧みがここでもまた繰り広げられています。「思いやり」という温かく人情あふれることばを食い物にして汚してしまった。

映画は、グアムからハリウッド、沖縄、石巻などなどでさまざまな人々の声を集めています。が、結局のところ、私たちが問いかけるべき相手は私たち自身です。なぜ、私たちはこんないびつな予算を通させてしまっているのか?なぜ、とめようとしないのか?どうしたら、とめられるのか?

ちなみに、『コラテラル・マーダー』のビデオをわたしたちの目に触れさせてくれた最大の貢献者チェルシー・マニングは2013年に、スパイ活動法などに違反したとして禁固35年の有罪判決を受けて現在も服役中で、何かと脚光を浴びるスノーデンと比べて、忘れられた存在にされつつあります。

2015年8月18日火曜日

生録: 沖縄で会った人、聞いた話、知ったこと その1 石川真生さん Part 3 「大琉球写真絵巻」にはまってる


沖縄とは、沖縄人とは。

怒りをこめて42年間の写真家人生の総決算。


「石川真生写真展:大琉球写真絵巻(パート1、2)」
会場:那覇市民ギャラリー。会期:2015年8月25日~30日


歴史をつづる絵巻の醍醐味


――展覧会が目前ですね。

石川真生:「大琉球写真絵巻」の展示会。6月末に三重県の伊勢市で3日間、7月初めに東京で1週間、8月には25日から30日まで那覇でやるの。県庁前にあるパレットくもじ6階の那覇市民ギャラリーでね。那覇ではパート1とパート2を展示する。1m×30mの1枚の布に22点の写真をプリントしているのよ。それの二つ分だから全部で44点。絵巻物にしようと思ったの。

NHKで日曜美術館ていう番組がある。私、あれが大好きでさ。それ観たら、屏風絵とか、物語がずっと続く絵巻物が出てきて、「あ、いいな」と頭のどこかにあったわけさ。現在を知るためにも琉球王國時代からさかのぼって沖縄の歴史を観てみようと思った時、「あっ、絵巻にしよう」とパッと頭に浮かんだの。クルクル巻いたら移動できるしね。


2015年8月12日水曜日

生録: 沖縄で会った人、聞いた話、知ったこと その1 石川真生さん Part 2 金武の女たちから「開き直り」のすごさを学んだ

写真の力で圧倒しひきつける。「開き直り」の写真家 石川真生は、こうして磨きをかけられた。

初めての写真集『熱き日々 in キャンプハンセン』(1982)。

 『熱き日々in キャンプハンセン!!』

石川真生:これは私が昔、写真家の比嘉豊光さんと共著で出版した『熱き日々in キャンプハンセン!!』という写真集。前半は金武の女たちを撮った私の写真で、後半は比嘉さんが私を撮った写真。私の最初の職場は、コザ十字路の黒人街だったんだけど、だんだんコザが寂れてきたので金武に移った。昼は、黒人米兵のバーのホステス仲間の部屋に遊びに行き、黒人やまわりの女たちの日常生活を撮った。構えて撮るわけじゃなくて、自分自身も金武の女の一人として、生活を楽しみながら撮っていた。

『熱き日々in キャンプハンセン!!』は、金武の女たちへの賛歌。私もそれまでは親との修羅場があったりして、人生を悩んだりもしてきた。だけど、彼女たちの潔さはハンパじゃないの。当時、黒人バーで働き、黒人とつきあってた女たちは、世間から蔑まれ、温かいまなざしはなかったよ。

1970年代半ばに黒人バーで働いてた女の子たちは、そんなに貧しい家庭の子ではなくて、ブラック・カルチャーに触れ、黒人が好きになった子たちだった。だけど、好きだけじゃ、黒人バーで働けない。しがらみだらけのこの狭い島で、家族や親戚や知り合いの干渉や中傷をはねのけて、好きなことをつらぬき通していた。おおらかにのびのびと生きてた。開き直って自由に生きることのすごさを私は彼女たちから学んだの。

2015年7月25日土曜日

生録:沖縄で会った人 聞いた話 知ったこと その1 石川真生さん PART1:やりまくり人生

というわけで「ちょっと長い『はじめに』」に続いて、ようやく本番です。2015年6月21日、那覇で。(まとめ・写真:大竹秀子)

石川真生さん。ま、まずい、逆光だった!

まず、歩きなさい

―――去年来たときにコザと金武を車でさっとまわったんだけど、昔の感じはもうあんまりない?

石川真生:どんどん壊していくから。「沖縄らしい」とみんなが思うような風景を壊して、東京の風景と変わらない。いままた、コザの隣のところに北中城村ってあるでしょ。そこにでっかーいモールが出来た。ヤマト資本だけど、イオンていうのが、返還された米軍の跡地を地主から買ったのかな?これにみんなが行列して行く。風景はもうまったくどこにでもある大型ショッピングセンター。