Aug 13, 2018
2019年1月24日木曜日
2019年1月23日水曜日
8月9日、辺野古5日間集中行動4日目・翁長さん追悼
Aug 9, 2018
翁長さん逝去の悲報がはいった翌日、朝早くからいつもより多くの人たちが辺野古ゲートにやって来た。
「ひとりではとても耐えられないつらい報せを受け、人々は悲しみと衝撃をほかの人とわかちあい励ましあうためにテントにやってきてるんだと思います。今日のすわりこみは翁長さん追悼の集まりでもあります」と山城博治さん。
あるテレビ局のインタビューに応え県民が受けた衝撃について博治さんが「琉球処分で国のトップを突然、東京に連れ去られた後の、支柱を失った人々の茫然とした思いを思い浮かべました」とコメントしているのも、もれ聞こえた。
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その後、博治さんからアメリカの支援者向けにもビデオメッセージをいただき、大感激。
翁長知事が進めていた埋立承認撤回の前に、事業者である沖縄防衛局の反論を聞く聴聞は、防衛局側が期日の延期を求めていたが県がそれを認めず、この日、午後行われて終結し、県が実際の撤回処分に踏み切る体制がさらに進んだ。
17日に国が宣言している「土砂投入開始」がどうなるのか、国の戦略がみえないまま、お盆休みがまもなく始まる。
午後4時に国道局が、ゲート前、すわりこみの妨害になっているバリロードとよばれる国道と歩道との間の隔壁に関する要望書への回答を出すということだったので、すわりこみ後、防衛局前に移動。
博治さんを含め代表20名と局との面談が行われたが、国道局は防衛局の言い分のおうむ返しのように繰り返しただけだったようで、面談は長引いた。
防衛局のロビーで報告をまっていると、作業エプロンをつけたままの金城実さんがかけつけて、翁長さんを失ったいま、どう考えどうすべきか、沖縄の歴史をいき表現してきた軌跡をふまえてマイクをとり、集まっていた皆に活をいれた。
翁長さん逝去の悲報がはいった翌日、朝早くからいつもより多くの人たちが辺野古ゲートにやって来た。
「ひとりではとても耐えられないつらい報せを受け、人々は悲しみと衝撃をほかの人とわかちあい励ましあうためにテントにやってきてるんだと思います。今日のすわりこみは翁長さん追悼の集まりでもあります」と山城博治さん。
あるテレビ局のインタビューに応え県民が受けた衝撃について博治さんが「琉球処分で国のトップを突然、東京に連れ去られた後の、支柱を失った人々の茫然とした思いを思い浮かべました」とコメントしているのも、もれ聞こえた。
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その後、博治さんからアメリカの支援者向けにもビデオメッセージをいただき、大感激。
翁長知事が進めていた埋立承認撤回の前に、事業者である沖縄防衛局の反論を聞く聴聞は、防衛局側が期日の延期を求めていたが県がそれを認めず、この日、午後行われて終結し、県が実際の撤回処分に踏み切る体制がさらに進んだ。
17日に国が宣言している「土砂投入開始」がどうなるのか、国の戦略がみえないまま、お盆休みがまもなく始まる。
午後4時に国道局が、ゲート前、すわりこみの妨害になっているバリロードとよばれる国道と歩道との間の隔壁に関する要望書への回答を出すということだったので、すわりこみ後、防衛局前に移動。
博治さんを含め代表20名と局との面談が行われたが、国道局は防衛局の言い分のおうむ返しのように繰り返しただけだったようで、面談は長引いた。
防衛局のロビーで報告をまっていると、作業エプロンをつけたままの金城実さんがかけつけて、翁長さんを失ったいま、どう考えどうすべきか、沖縄の歴史をいき表現してきた軌跡をふまえてマイクをとり、集まっていた皆に活をいれた。
土砂投入を許さない8.11県民大会 翁長さん、ありがとう
Aug !1, 2018
7万人が会場を埋め尽くした。辺野古に土砂を投入させない抗議の会としてかねてから企画されていた県民大会は、くしくも亡くなった翁長知事に感謝し、その遺志をいかそうと人々が決意をあらたにする機会になった。台風の影響で途中から土砂降りの中、満員の会場からあふれた人たちも、厳粛だけれど優しさにもあふれたこの特別な時を共にした。
2018年4月2日月曜日
翁長知事 ワシントンで講演 世界の自由主義を守るのも大切だけど、沖縄の生命・財産は守れないんですか
March 13, 2018 in Washington DC
沖縄県主催シンポジウム Changing East Asian
Security Dynamics and Okinawa: Re-examining the U.S. Force Posture in Japan
翁長雄志沖縄県知事基調講演 (全文書き起こし)
みなさん、こんにちは。本日はこのようなシンポジウムを開催いたしましたところ、多くの方々にご参加をいただきまして感謝を申し上げます。沖縄県知事の翁長雄志でございます。基調講演をお引き受けいただいたウィリアム・ペリー元国防長官、そして今回のシンポジウムの開催にあたり、ご尽力をいただいたジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授、パネルディスカッションに参加していただく有識者の皆様方に心から感謝を申し上げます。
今日、いろいろ話はするんですけれども、約30分ということでありまして、皆様方のおてもとの方に、英語版の沖縄の基地問題や環境問題を中心とした資料がありますので、大体こういう内容を私の方も話をしますので、参考にしながらお願いをしたいという風に思っています。
私は、マイク・モチヅキ先生からもご紹介がありました通り、もうほぼ4年前に県知事に当選をいたしまして、それから今度で4回目のワシントン訪問となります。その都度、こういう形を含め、連邦議会を含めですね、いろいろ意見交換をさせていただいて、今日までに来ております。
沖縄県が日米安全保障体制の必要性を理解する立場であること、私が普天間飛行場、ぜひとも県外・国外にという話をするもんですから、沖縄は米軍基地みんなに反対しているんじゃないか、こういうような方もたくさんおられますけれども、普天間が返還されてどれだけ減るかというと0.7パーセントなんですね。ですから私が、反対をしているのは0.7パーセントに反対をしているのであって日米安保体制を十二分に理解しながら、沖縄の基地をできるだけ少なくしえくれというようなことをずーっと訴えてきてるわけであります。
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