7万人が会場を埋め尽くした。辺野古に土砂を投入させない抗議の会としてかねてから企画されていた県民大会は、くしくも亡くなった翁長知事に感謝し、その遺志をいかそうと人々が決意をあらたにする機会になった。台風の影響で途中から土砂降りの中、満員の会場からあふれた人たちも、厳粛だけれど優しさにもあふれたこの特別な時を共にした。
2019年1月23日水曜日
2017年11月6日月曜日
「いまさら、殺される覚悟なんかしてたまるか」― 謝花悦子さん(伊江島 わびあいの里)
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| 謝花悦子さん、ジャーナリストのジョン・ミッチェルさんと。わびあいの里で。 |
1950年代、冷戦と米ソの核開発競争が進む中、沖縄がアメリカの核基地化されていったこと、1950年代末の米海兵隊の沖縄への重点的な配備・移転の裏には米軍の核戦略があったこと、1950年代半ば、沖縄はアジア最大の核弾薬庫と化したこと、備蓄された核兵器を攻撃から守るため核弾頭をつけたミサイルが配備されたこと、1959年6月、那覇で核ミサイルの誤射事故が起きたが闇に葬られたこと、日本政府が知らぬ存ぜぬをきめこんだことなどなどを、新たに入手した機密文書や、現場で当事者だった元米兵の生々しい証言をもとにじりじりと検証していく迫力ある番組だ。
2017年6月14日水曜日
乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動 by ジョン・ミッチェル
June 13, 2017
ずっとずっと訳したかったジョン・ミッチェル(Jon Mitchell)さんの記事「乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動 (Beggars' Belief: The Farmers' Resistance Movement on Iejima Island, Okinawa)」。伊江島の農民と阿波根昌鴻たちの、武器を政治権力を持つ米国・米軍 vs. 素手で土地を奪われた農民、多勢に無勢の闘いです。それでも、人の道を諭す凜とした生き方で優位にたち、おそれも妥協もしない。工夫と人への信頼に基づいた運動は圧倒的です。阿波根さんの著書、岩波新書の『米軍と農民』『命こそ宝』、もっともっと多くの人に読んでほしい。必読書です。[翻訳・文責=大竹秀子]
乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動
by Jon Mitchell
伊江島に米軍がはじめて侵攻したのは、1945年4月16日のことだった。沖縄本島から3マイル[5キロ弱]の位置にあるこの小さな島で起きた凄惨な戦闘については、米軍の事細かな記録が残っている。1000 人の部隊が80艘の上陸用舟艇に乗り伊江島の東岸を急襲し、塹壕の中にいた日本の守備隊から激しい抵抗を受けた。続いておきた5日間の血みどろの戦いで日本帝国軍兵士2000人と、住民1500人の命が絶たれた。沖縄の多くの場所でそうだったように、住民の死のすべてがアメリカ兵の手によるものではなかった。
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