2017年5月30日火曜日
進撃! メモリアルデーにNYで反辺野古基地建設アピール。
「NO WAR (戦争をなくす)なら、まずは基地をなくさなきゃ((NO BASE)」。隣で紀子さんがじれている。空は快晴、日曜日。メモリアルデーの連休のNY。ここは、マンハッタンの南端にあるバッテリーパーク。自由の女神があるリバティ島に向かうフェリー乗り場がすぐそばのこのあたりには、第2次大戦で海で亡くなった水兵、海兵隊、沿岸警備隊、4601人を追悼する碑が海に向かって立っている。きちんと終了しなかったため、モニュメントからみそっかすになっていた朝鮮戦争の戦没者の碑も、1990年代にはいってようやく全米にさきがけてここに建立された。
2016年12月31日土曜日
先住民と共に スタンディング・ロックからの報告会
Dec 31, 2016
12月17日、「スタンディンロックからの報告会」(Reporting Back from Standing Rock)がNYで開かれました。独立系メディアDeep Dish TVが主催したこのイベントの全記録は、司会を務めたレベッカ・センテノが制作した記録映像でみられます。スピーカーは、「戦争に反対するイラク帰還兵(IVAW)」の共同代表マット・ハワード、独立メディアPaper Tiger などで活動するフィルムメーカーのジュリー・ルドウィグ、パレスチナに関する作品もつくってきた独立系フィルムメーカーのマット・ピーターソン、「水を守る人」の一員として野営地で運動のインフラや物流に関わってきたウィル・マンガーなど、ダコタ・アクセス・パイプライン建設反対の現場に赴いて生身の運動を見、体験してきた人たちでした。
高江や辺野古の運動の合わせ鏡として語られることも多い先住民の運動に、彼らは何を見たか? まとめてみました。
2016年12月19日月曜日
アン・ライト 活動報告会
Dec 7, 2016
平和活動家のアン・ライト。世界を飛び歩き神出鬼没。29年間、米陸軍に勤務し退役したときは大佐。その後外交官としモンゴル、ソマリア、ニカラグアなど16年間、世界各地で活動しましたが、2003年、イラク戦争に抗議して辞職。沖縄にも何度か行っていて日本でもおなじみです。この秋にはWomen's Boatに乗船してガザに向かいましたがイスラエルに阻止されて拘置され帰国。またつい先日まで極寒のノースダコタ州スタンディングロックでの先住民のパイプライン建設反対支援に、他の退役軍人たちと共にはせさんじたばかりと、疲れをしらぬ活躍ぶりです。
そのアンの活動報告会が12月6日夜、ニューヨークで開かれました。Women's Boatはかつてのガザ支援船団の流れを汲む活動。イスラエルにより封鎖されているガザ、支援船は封鎖を破り封鎖に抗議すると共に、ガザ地区住民に食料・医薬品・建設資材を届けようとする試みで過去に何回か実施されましたが、毎回、イスラエルにより阻止され、2010年には軍による襲撃で死者を出す悲劇となりました。
Women's Boat to Gaza (WBG) は、船長も含め、全員が女性。9月半ばにスペインのバルセロナを13人が2艘の船で出航し、途中、数カ所で教育イベントを行いながらの3週間あまりの長旅でした。1艘が途中で故障したため、残りの1艘にぎゅう詰めになり、嵐や船酔いに苦しめられながら進んだのですが、ガザまで後50キロの地点で、イスラエル軍のお出迎えを受け、拘留の末、送還とあいなりました。
全員が女性。もちろん、非武装。身元も公表されていたため、イスラエル側も手荒なことはできません。以前の支援船団のときの重武装の兵士とは異なり、乗り込んできたのは女性兵士ばかり。戦闘服を着ず、武器も携帯せず、できるだけことを構えたくないらしいのがありありでした。兵士と1対1で話す機会をみつけたアンは、兵士だった自分の体験を述べ「国が間違ったことをするときには従ってはだめ」と語りかけたと言います。
拿捕ははじめから想定されたことでした。Women's Boat に参加したのは世界各国から来たさまざまな体験を積み肝のすわった女性たちばかり。それでもイスラエル兵士が乗り込んできたときパニックに陥らないよう、惨事をおこさないよう、ガザに近づくまで繰り返しトレーニングを積んだそうです。「どうせガザには着けない。つかまって送還されるだけ、無駄ではないか」という声があることを、もちろん、アンは知っています。それでもガザの住民に、「世界はあなた方のことを思っている、忘れてはいない」という希望を届けるため、ぜひまた試みたいと意欲をもやしています。
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