2019年1月23日水曜日

貧者のキャンペーン:ワシントンで沖縄アピール





うれしさいっぱいの笑顔で「ハグさせて」と声がかかった。まず、私。隣にいたシズさん。そして、最後にソフィア。「知ってる人?」とシズさんは私に聞くけれど、「知らないよ~」。





「貧者のキャンペーン(Poor People’s Campaign)・40日行動」の最終日。朝10時から始まって(交通渋滞で遅れてしまった)3時間以上続いた集会の後、議事堂に向けたデモ行進を歩き終えたけど、せっかくだから、隊列の私たちの後から来る人たちに、手にしたサイン、見て見て攻勢をかけようと、その時、私たち3人は終結点付近でしつこくスタンディングしていた。





ソフィアは韓国から来たアクティビスト。首都ワシントン住まいを始めたばかりの新人住人のシズさんがホワイトハウス前でひとり果敢に辺野古基地反対のスタンディングに通い始めて、即、あ、ほかにも常連がと見つけてすぐさま仲間になった人。




常勤組のその二人に今日は、私が加わった。朝3時すぎ起床。朝5時ブルックリン発の、キャンペーンが仕立てたバスに乗せてもらって到着。集会からずっと私たちの大きなサインは目立ちまくり。

ソフィアのサインは、韓国からの米軍の無条件即時撤退を要求。バナーとサイン作りの神様、シズさん作のふたつのサインのひとつには「挑発的な戦争ゲームをやめろ。韓国と沖縄から米軍撤退(そして、「米国兵士を故国へ」と書いた黄色いリボン)」、もうひとつ「辺野古の米軍基地建設やめろ」。シズさん作る人。私、ときどき持つ人。

   



貧者のキャンペーンは、レイシズムと貧困、戦争経済、環境破壊が手に手をとったアメリカの政治・経済・社会システムをまるごと問題視し、人間らしいやわらかくあたたかい心を失ったこの国に人の心、人の道を取り戻させようと、モラルの回復を訴えている。制度より、まずは心。コミュニティ・レベルの下からの運動作りをめざしている。50年前、道半ばで亡くなったキング師の遺志を活かし、2018年版の運動を組み立てようと3年前から準備してきたという。






運動の創始者、生身のバーバー牧師(もうひとりの中心人物は、テオハリス牧師)をはじめて見られたのもうれしかったけれど、ニューヨークでこの運動のオーガナイズをがんばってきたブリタニ―が、すばらしいスピーチをしたのが特に感激だった。







ブリタニ―は、若い世代の反戦元兵士たちの会「About Face」のメンバーだ。運動の現場ではいつもてんぱっていて、非暴力を謳いながらも逮捕を辞さない志願者をつのり果敢な不服従運動を展開しているこのキャンペーンで、何度か志願し逮捕されている。ブリタニ―は、こんな演説をした。




「いまアメリカは7つの国で戦争をしています。そのすべてが国民がブラックかブラウン、あるいはムスリムの国。そんな戦争をするアメリカの現システムが国内では肌の色、市民権や在住権のステータス、銀行の残高などで人を辱め、人とも思えない扱いをし、そのくせ不公正など知らないふりをしています。そうして私たちに、アメリカの兵士の大切な命が、自由を守るために使われているのだと信じ込ませようとしています。でも、私は1年間、アフガニスタンであの国のビューティフルな人たちの勇気を自分の目で見て過ごしました。男も女も、お父さんもお母さんも、自分たちや家族の命を危険にさらしながら、アメリカがお金を出し、活かしている圧政にうち勝とうとしていました。その顔を私は忘れることができません。人種の正義、ジェンダーの正義、経済的正義、それが問題なのです」。





貧困、そして差し迫った移民の問題を衝くサインが多い中で、米軍の撤退や基地反対を説く私たちのサインはちょっと異色だったけれど、戦争・軍備に使われる巨額のお金が人々の暮らしのために使われれば、どんなに日々の不安が消え、心に余裕ある社会ができるか、心ある人たちは身につまされて知っている。





私たちのサインはその大きさと3れんちゃんの迫力で集会でも大勢の人たちの目にとまった(シズさん、ありがとよ)。そして、数えきれない数の人たちがサインをもつ私たちの写真を撮り、きっとソーシャルメディアに投稿したりシェアしてくれたと思う。「ありがとう」という激励のことばやうなずき顔もたくさん。実は昔、沖縄にいてね、と懐かしそうに話しかけてくる人も、(その多くはやはり軍関係者、シズさんが話した人は、なんとお父さんが沖縄駐在のCIA職員だったそう)何人もいた。そんな人たちが(あるいは、そんな体験をもつ人たちだからこそ)、沖縄基地反対に賛成してくれる。






40日行動は終わったけれど、キャンペーンは終わらない。「今日、この集会に来た人たちはキャンペーンの創始者。うちに帰ったら、少なくとも1人、50人に広めるように。運動はこれからだ」と、バーバー牧師がゲキをとばす。








ニューヨークで見る限り、このキャンペーンで、若い世代のオーガナイザーたちが、すばらしく育った。アメリカでの運動でもいつも課題とされる人種や世代による運動の分断も、歌やおいしい食べ物の出る地区ごとの集会で40日行動の間、とてもうまくやりくりしていた。







これから、このキャンペーンがどう膨らんでいくことができるか、私たちはそこで沖縄のために何ができるのか。辺野古基地建設阻止、沖縄基地撤廃が、アメリカでより多くの市民たちに「なるほど、アメリカにとってもそれがいいよね」と納得してもらえるよう、微力な私たちの右往左往の日が続く。








#PoorPeoplesCampaign

0 件のコメント:

コメントを投稿