2017年7月10日月曜日

「日本人と間違われて殺された」ヴィンセント・チン:あれから35年

July 10, 2017

文=大竹秀子
ヴィンセント・チン
つばを吐かれたことがある。
真昼間のNY.街を歩いていただけなのに。

相手は、若者とも中年ともいえない年頃の白人の男。数歩後ろにいた私の急ぎ足がそいつの歩調と、ぴたっと合ってしてしまった。後をぴったりつけている感じ。いやーな気分が、私にだってしたのだ。そいつは、振り返り、ぎろりとねめつけてから言った。「おまえのような細いきつね目のやつらのおかげで、なんたらかんたら」。「なんたら、かんたら」が、聞き取れなかった私は、つい「え、なに、な~に?」と聞いてしまっていた。男の目が憤怒で燃えあがり、顔面ねらってつばが飛んできた。

幸いこちらは、左折する瞬間。直進を続ける男のコントロールは狂い、つばは地面に落ちた。一瞬、頭は真っ白け。それから、無性に腹が立った。去って行く男に向かって、中指たてて「ばっきゃろー」と叫んでた。それで終しまい。

だけどあの時、あいつがあいつではなく、私が私ではなかったら、あるいは、あいつはあいつで私は私だったとしても、たとえば、あれが夜で、あたりに誰も歩いていなかったりしたら、まったく違う、恐ろしい結末に終わることだってあり得たのだ。

結婚直前に絶たれた命


この6月、ヴィンセント・チンという、なかば忘れかけていた中国系アメリカ人青年の名を久方ぶりに耳にしたとき、この出来事を思いだした。35年前、デトロイトで起きた殺人事件の被害者だ。あの事件だってきっかけは、ほんのささいなことにすぎなかったはずだ。ヴィンセント・チン、「日本人と間違えられて殺された人」として、当時、日本でも静かな話題を呼んだ人物である。

事件の顛末は、次のように記録されている。1982619日夜、27歳のヴィンセント・チンは、友達3人とデトロイトのストリップ・クラブにいた。2日後に結婚式をひかえ、独身時代最後の「バチュラー・パーティ」。独身男の年貢のおさめ時。結婚後、良き夫になる前、最後に羽目をはずして騒ごうぜ、という夜だった。ささいなことから喧嘩が起きた。相手は、クライスラーの工場で働くロベルド・エベンスと息子(甥を養子にしていた)のマイケル・ニッツ。ニッツも、自動車会社で仕事していたが、つい最近、レイオフにあったばかりだった。口論となり、激高した白人のエベンスがチンに向かって「お前らのような、ちんけなマザー・ファッカーのおカゲで、俺たちが失業するんだ」と言ったとする証言が残っている。