2017年6月26日月曜日

星条旗新聞が ヒロジさんをインタビュー

June 25, 2017

6月22日付けのStars & Stripes 紙に山城博治さんのインタビュー記事(Anti-USbase protest leader has become symbol of resistance on Okinawa)が大きく出た。ちょっとびっくり。Stars & Stripes 紙は、米軍の新聞だからだ。軍メンバーに関する事柄にフォーカスして報道する新聞として国防総省内で運営されている。ただし、編集の独立性は言論の自由を保障する米憲法修正第一条によって守られているという。編集部も単なる上意下達の機関紙ではなく、読者の興味に応える報道を謳っている。

Stars and Stripes, "Anti-US base protest leader has become symbol of resistance on Okinawa."
June 22, 2017
ヒロジさんの記事も、まさにその独立性躍如の一例。もちろん、完璧な記事ではない。特に米軍の所行に関してはつっこみが足りない点が多々あるし、騒音はじめいまも続く基地被害にもふれていない。異論はいろいろあるだろう。それでも、辺野古にノーをつきつける沖縄人・ヒロジさんに正面から向き合い、そのことばに耳を傾ける真摯な姿勢は、評価できると私は思う。安倍政権下ですくみまくりにみえるNHK(がんばってる少数の人たちの涙ぐましい努力をのぞき)や多くの日本の主流メディアがかき消している声の一部を、ここで見つけた気がした。ざっと訳してみました。(翻訳・文責=大竹秀子)
 


米軍基地反対抵抗運動のリーダー 沖縄の抵抗のシンボルに
By Matthew M. Burke & Chiyomi Sumida

掛け声をあげ、叫ぶ反対運動の人たち。交通を遮断し、手にするサインには、海兵隊員は「テロリスト」で「殺人者」と書かれている。— キャンプ・シュワブや沖縄のその他の基地に駐留する軍人が毎日のように出くわす現実だ。

反対グループはおおむね少人数で、2030人から数百人規模だ。だが、米軍兵士による犯罪事件が起きると数千人に膨れ上がることもある。抗議の声をあげている人たちは明らかに非暴力で市民の支持を得ている。だが、参加者の中には興奮のあまり、アメリカ人の子供たちに罵声を浴びせたり、車をたたいたり、通行人を押したり衝いたりする人たちもいる。彼らといつも相似形の対をなしているのが日本の警察で、警察はしょっちゅうドラマチックな逮捕をおこなっている。

運動のリーダーのひとり、山城博治(64歳)は、この抵抗運動のシンボルのひとりだ。温かい人柄、物柔らかな口調、心和ませる笑顔の持ち主だ。抗議行動に関して逮捕され、5か月間の勾留の末、3月に日本の拘置所から釈放された。

釈放以来、山城は日本各地を回り、抗議運動について講演している。今月には、運動について、そして日本政府が体制批判者
いかに弾圧しているかについて国連の場で語った。

「よく誤解されるのですが、私たちの活動は、反米ではありません。アメリカ人は、いつでも沖縄の人たちの暮らしの一部になっています」、山城は、524日、那覇の担当弁護士の事務所で、スターズ&ストライプス紙にそう語った。

山城の話では、彼が子供のころ、父親は米軍基地で働いており、アメリカ人たちをよく自宅に招いた。客が、たたみにぎこちなくすわりビールを飲んでいるのをながめるのは、楽しかったという。中には、一家の親友になったものもいた。

 「そのうちの多くがベトナムにいきました」、山城はしみじみと語った。「誰かの訃報が届くたびに、私たちは悲しみにくれました。父はいまなお、額縁にいれた彼らの写真を居間にかざっています」。

山城は1952年、具志川市(現うるま市)で、農家の次男として生まれた。
         

「戦争の悲惨をたくさん聞いて育ちました。戦後の混沌で、人々が生きていくのに必死な時代でした。我が家は米軍支給のパラシュート素材で作った掘っ立て小屋だったんですよ」。

こうした戦争の悲惨の物語が、後に抵抗運動の指導者を生むことになった。山城の少年時代から十代を通してベトナム戦争が激化し、沖縄は米軍のハブになった。


「沖縄では米兵による交通事故、殺人、レイプ、そのほか、さまざまな犯罪が相次ぎました」と、山城。

1968年、B-52が近所で墜落した。もし、核弾頭がつまれていたらと思い、トラウマにとりつかれたと言う。

1970年には、通っていた高校の女生徒が、米兵に襲われ、レイプされそうになった。なんとか逃れたが、数か所を刺され傷つけられた。

「もう、怒り狂ってね。マイクを手にして高校生の抗議グループを作って、犯人が所属していた米陸軍通信部隊までデモをし、フェンスの外で集会を開きました。」

活動は1971年も続いた。沖縄返還が望んだような形で行われなかったからだ。自校をバリケード封鎖し、退学を余儀なくされた。
大学卒業後、沖縄県庁の職員となり、税務などを担当した。また、全日本自治団体労働組合の沖縄支部の副委員長も務めた。2000年には、沖縄平和運動センターに参加し、あっというまにかけがえのないリーダーになった。山城と抗議運動参加者たちは、いくつもの理由から普天間の海兵隊飛行場のキャンプ・シュワブへの移転に反対している。最新鋭の軍用飛行場を備えて増強される基地は、地域に戦争が勃発した際に敵の標的にされるという思いもある。

「沖縄で軍の存在を強化すれば、中国との軍拡競争をあおるだけです。いますでにある軍事力をもとに、アメリカと中国は現状維持を話し合えるはずです。アメリカと中国には、それができると確信しています」と山城は、言う。

理想をいえば、抗議運動をおこなっている人たちは、沖縄を米軍も日本の自衛隊もいない、軍隊のいない島にしたいと願っている。だが、その実現はありそうにないと、山城は見る。だから、抗議運動は、拡張とみられるあらゆることに反対して展開されている。 

「抑止力の必要に異を唱えているわけではありません。でも、抑止力を、武力の行使にエスカレートさせてはなりません。戦争がだんだんと近づいているという強い予感がしています。この島がまたしても、戦場になると考えると、身の毛もよだつ思いがします」。
反対運動の人たちは、環境問題にも懸念していて、大浦湾に建設される新しい滑走路を、環境を破壊する大災厄とみている。山城と反対運動の人たちは、思わぬ場所から支援を得た。セントルイスを拠点とする「平和を求める元軍人の会(VFP)」だ。

VFPは、元軍人と現役の米軍人がメンバーだ。VFP全米理事会メンバーで1959年から1962年まで第101空挺部隊に所属した元軍人のタラク・カウフは、「VFPのミッションは、戦争の廃絶ならびに、平和の文化の構築だ」と語る。VFPはこれまで反対運動の人たちを支援して、沖縄に数回、メンバーたちによる派遣団を送った。カウフもこれに参加した。

「沖縄で広く支持を得ている市民運動、独立やほんとうの民主主義と求める運動、米軍による沖縄の占領を止める運動は、大勢のアメリカの元軍人と現役の軍人、特にVFPのメンバーの間で共感を呼んでいます。私たちは、米国の戦争と軍事主義による不毛と恐怖を目にしてきたからです。沖縄では、住民の7割から8割が、米軍基地の存在を望んでいません。そして、知事も含めて住民の9割近くが、辺野古と大浦湾の環境破壊に反対しています。そんな状況で、我々が守っていると称する民主主義とは、いったい何なのか」と、カウフは言う。カウフは、山城に同志を見いだしたのだ。

山城の話によると東京の中央政府は、沖縄とその住民に多大な圧力をかけている。力の続く限り、ふんばり、闘い続けると山城は言う。

抗議運動はすっかり定着している、だが、それは、アメリカ人と沖縄の人々が敵対関係にならざるをえないということではない。

「軍の人たちと沖縄の住民が密なコミュニケーションをもつ限り、互いに理解しあえるとかたく信じています。結局のとこころ、私たちは皆、平和を、そして戦争のない世界を求めているのですから」。 







2017年6月24日土曜日

かくもずさんな沖縄の武器管理 ジョン・ミッチェルがスクープ

June 23, 2017

またしても、ジョン・ミッチェルさんのスクープです。6 21日付けJapan Times に掲載された記事("U.S. military under fire for gun safety breaches on Okinawa")は、米情報公開法で入手した米海軍犯罪調査局(the Naval Criminal Investigative Service)の文書をもとに2014年に沖縄で海兵隊員がM16 ライフルと銃弾を手に自宅にたてこもった事件の顛末を詳細に報じると共に、いまも続く沖縄での米海兵隊の武器管理のずさんな実態を明らかにしています。

Japan Times "U.S. military under fire for gun safety breaches on Okinawa"
June 21, 2017 by Jon Mitchell

まずは
2014年の事件。1030日朝、海兵隊員1名が金武のキャンプ・ハンセンに現れ、射撃場のテーブルに置かれていたM16の銃弾16発を盗んだ。この人物は次にキャンプ・フォスターに赴き、M16ライフル銃を借り出した。軍紀では貸出を認めていなかったが、隊員がそこそこ高いランクだったため、お目こぼしで借り出すことができた。隊員はキャンプ・レスターに近い住宅地域にある自宅に戻り、浴室のひとつにたてこもった。午前840分、同僚の一人に電話し、武装しており自殺するつもりだと告げた。同僚の通報でMPがかけつけ、説得の末、午後1254分、武装解除し逮捕した。この間、男が武装しているにもかかわらず、周辺住民への説明は一切なかった。

2017年6月14日水曜日

乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動 by ジョン・ミッチェル

June 13, 2017

ずっとずっと訳したかったジョン・ミッチェル(Jon Mitchell)さんの記事「乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動 (Beggars' Belief: The Farmers' Resistance Movement on Iejima Island, Okinawa)」。伊江島の農民と阿波根昌鴻たちの、武器を政治権力を持つ米国・米軍 vs. 素手で土地を奪われた農民、多勢に無勢の闘いです。それでも、人の道を諭す凜とした生き方で優位にたち、おそれも妥協もしない。工夫と人への信頼に基づいた運動は圧倒的です。阿波根さんの著書、岩波新書の『米軍と農民』『命こそ宝』、もっともっと多くの人に読んでほしい。必読書です。[翻訳・文責=大竹秀子]



乞食行進の信念——伊江島の農民抵抗運動 
by Jon Mitchell

伊江島に米軍がはじめて侵攻したのは、1945年4月16日のことだった。沖縄本島から3マイル[5キロ弱]の位置にあるこの小さな島で起きた凄惨な戦闘については、米軍の事細かな記録が残っている。1000 人の部隊が80艘の上陸用舟艇に乗り伊江島の東岸を急襲し、塹壕の中にいた日本の守備隊から激しい抵抗を受けた。続いておきた5日間の血みどろの戦いで日本帝国軍兵士2000人と、住民1500人の命が絶たれた。沖縄の多くの場所でそうだったように、住民の死のすべてがアメリカ兵の手によるものではなかった。

2017年6月13日火曜日

オスカー・ロペス・リベラ 闘い続けて

「家族の次に恋しいのは海だ。この刑務所ではよく海が懐かしくなる。肺いっぱいに潮の香りを満たしたり、触ったり唇をぬらしたりしたあの海を。でも途端に気づくんだ、あの純粋な喜びに身をおくにはあと何年も先だろう、と」。



オスカー・ロペス・リベラが、愛する孫娘カリーナに向けて書いた手紙の一節だ。現在、74歳。70年間の禁固刑の判決を受けて、人生の半分に近い36年間を獄中で過ごしたオスカー。釈放の望みをもつことができなかった3年前に、書かれたこの手紙は、「国中で一番脱獄が難しく、難攻不落といわれ」囚人を「隔離し無能力にするためにつくられた」コロラド州フローレンスの刑務所での厳しい暮らしについても触れている。

「米州のマンデラ」と呼ばれることも多い、オスカー。プエルトリコに生まれ、14歳で両親と共にアメリカに移住するまで、自然の中で育った。鉄とコンクリートで自然から遮断された刑務所は、とりわけ、つらい体験だった。「イリノイ州のマリオン刑務所では、週に1度庭に出て、そこから木々や鳥たちを見ることができた。電車の音を聞き、セミの歌も聴いた。地を駆け回り、匂いをかいだ。草もつかめるし、蝶たちは周りにいた。でもフローレンスではそれら全てが終わったんだ」。

2017年6月10日土曜日

LGBTQ プライド・リボン

June 9, 2017


6月の風。フェンスいっぱいにいろとりどりに結ばれたリボン。誇らしげにたなびいている。たまたま通りがかった、ご近所、セントマークス教会。力をわけてもらった気がして、うれしい。



2017年5月30日火曜日

進撃! メモリアルデーにNYで反辺野古基地建設アピール。


「NO WAR (戦争をなくす)なら、まずは基地をなくさなきゃ((NO BASE)」。隣で紀子さんがじれている。空は快晴、日曜日。メモリアルデーの連休のNY。ここは、マンハッタンの南端にあるバッテリーパーク。自由の女神があるリバティ島に向かうフェリー乗り場がすぐそばのこのあたりには、第2次大戦で海で亡くなった水兵、海兵隊、沿岸警備隊、4601人を追悼する碑が海に向かって立っている。きちんと終了しなかったため、モニュメントからみそっかすになっていた朝鮮戦争の戦没者の碑も、1990年代にはいってようやく全米にさきがけてここに建立された。

2017年5月14日日曜日

北朝鮮が核で挑発する本当の理由

May 13, 2017



さっきもまた、「北朝鮮、ミサイル発射」の速報が流れた。トランプでさえ「対話」を口走るなか、「対話」をうたって選挙戦を戦った韓国の新大統領誕生をいやいや感どっぷりで迎えた安倍政権。あいかわらず自己中の論議をふりかざすアメリカの言い分を隠れみのに、自国民や地域の生命の安全を二の次に「外交より武装」路線を突っ走っている。「ネイション」誌に2017年3月に載ったシカゴ大学教授で朝鮮近現代史の研究の第一人者であるブルース・カミングスの貴重な論考(This Is What's Really Behind North Korea's Nuclear Provocations)をざざっと訳してみました。「北朝鮮は、もうむちゃくちゃ。問答無用」と決めつけるアメリカの政治家やジャーナリズムの大勢に棹さし、歴史から学べと忠告しています。また、カミングス教授とカリフォルニア大学の准教授クリスティン・ホンがゲスト出演したデモクラシー・ナウ!でのインタビューの日本語訳が、月刊誌『世界』の2017年6月号に掲載(『トランプは北朝鮮への威嚇や軍事拡大をやめ、沈静化を図れ』)されているようです。合わせて、どうぞ。(翻訳・文責=大竹秀子)