2018年3月26日月曜日

沖縄へのメッセージ

2018年2月24日、5番街のNY図書館前での、山城博治さんたちの起訴取り下げを求めるスタンディング。参加してくれた人たちから、沖縄の辺野古新基地建設反対・基地撤去を求め闘いを続けている人たちにから、「なぜ、今日、ここに来たの?沖縄の人たちに思いをひとこと」とビデオ・メッセージを送っていただきました。


山城博治さんたちの無罪を訴えて いってきましたトランプタワー

2018年2月24日、五番街を賑やかに。「NO BASES NO WAR: No U.S. Military Bases in Okinawa」ラリー。


プロテストなのに、とってもなごやか。前からの知り合いもはじめて会う人たちも、バナーを手に隣り合ってたつ人たちと楽しそうにことばをかわしている。読経と太鼓の音が響き、サブロー師匠のソウルフルな三線が沖縄の心を奏でる。沖縄をはじめ、世界各地に作られたアメリカの海外基地。基地がなければ戦争もないと、基地反対を訴え、合わせて辺野古の新基地反対の活動の中で逮捕され、3月半ばの判決を待っている山城博治さんたちの無罪・起訴取り下げをアピールするスタンディングを行いました。





巨大なバナーも、「見ろ、見ろ」と攻撃をしかけ、忙し気に歩くニューヨークの人たちから「へー、沖縄だって」という声があがります。「沖縄はすごくいいところで、みんな親切。軍人で沖縄に配属された友達はみな、そういうんだけど、これはどうして?基地って何か問題があるの?」と不思議そうに聞いてくる人もいました。

2017年12月20日水曜日

ナビサレ村のアヘド



ナビサレ村のアヘド・タミミがイスラエル軍に逮捕された。16歳の女の子。2016年に訪れたナビサレ村は人口600人の小さな村。毎週金曜日に時には海外からも支援者がやって来る抗議デモで知られていた。私はその夏の一夜、インターフェース・ピースビルダーというパレスチナ支援グループにまじって一晩タミミ家に泊めていただいたのだが、その頃、タミミ一族がリーダーとして続けていた非暴力デモは、停止されたばかりだった。タミミ家の居間のテーブルには、イスラエル軍が使用しているさまざまな武器の弾丸が置かれていたが、軍の武器使用があまりにも危険になってきたので、抗議を一時停止せざるをえなくなったと、アヘッドのお母さんのナリマンが話してくれた。




2017年12月16日土曜日

アメリカの国防予算がとんでもないことに

2008年度予算で軍事費の大幅増額を求めてきた共和党。現在、軍事費の予算案は6430億ドル。常軌を逸している。どう考えたって。
NYタイムズ社説(2017年12月15日)。以下、ざざっと要約です。(文責=大竹秀子)



現在、軍事費の予算案は6430億ドル。国防総省自身の委員会による調査で、同省が国民の税金でまかなわれる膨大な予算のうち、5分の1を無駄遣いしているという結果が出ているし、いくら北朝鮮やイスラム過激派の脅威を考慮するにしても、他に予算をぜひとも必要とする分野がいくつもある。いまだってアメリカの軍事費は、世界第1位。2位以下8位までの国の軍事費を総計したよりも多い金額。この膨大な額は、あんまりではないか。

2017年11月27日月曜日

ジョヤゴル––ピンクのいるかが大好きなチェジュ島のアクティビスト

辺野古にジュゴンがいるように、チェジュ島(済州島)にはピンクのいるかがいるらしい。 ホットピンク・ドルフィンズ―それがジョヤゴル(Joyakgol)が作ったグループの名前だ。



韓国のアクティビスト、ジョヤゴル。平和と環境を守るため、激しく歌い、書き、行動する彼が、ニューヨークで講演を行った。トランプがアジアへの訪問を始めるほんの少し前、10月27日の夜のことだ。

 韓国では徴兵制がしかれている。拒否すれば1年半の投獄が課される。19歳で兵役を強いられたこと、その時の体験がアクティビストへの道を開いた。

2017年11月11日土曜日

ビリン村のイヤード・ブルナート:暴力に走れば、イスラエルの思うつぼ

辺野古基地建設反対のバナーに、パレスチナのイヤード・ブルナートさんが、支援のサインをしてくれました。「I love fighters」と、イヤードさん。


イヤード・ブルナートさんは、ドキュメンタリー映画『壊された5つのカメラ』(イヤードさんの兄のイマードさんが監督のひとり)などでもおなじみのビリン村で生まれ育ちました。2004年、パレスチナの地に強引に作ったイスラエルの入植地の入植者の安全を守るためという名目で、ビリンの畑の6割を村人の住居から隔絶する壁が建設され、村人が大切に育て、生活の糧としてきたオリーブの樹が1000本、引き抜かれたり、焼かれたりという暴挙が起きました。20059月、イヤードさんたちは、非暴力抵抗運動を開始し、2007年、ついにイスラエル最高裁からすでに立っていた壁を撤去し、村人に畑が戻る形で移動せよという判決を出させることに成功しました。

2017年11月6日月曜日

「いまさら、殺される覚悟なんかしてたまるか」― 謝花悦子さん(伊江島 わびあいの里)

謝花悦子さん、ジャーナリストのジョン・ミッチェルさんと。わびあいの里で。

NHKの力作ドキュメンタリー番組「沖縄と核」を伊江島で見た。
 1950年代、冷戦と米ソの核開発競争が進む中、沖縄がアメリカの核基地化されていったこと、1950年代末の米海兵隊の沖縄への重点的な配備・移転の裏には米軍の核戦略があったこと、1950年代半ば、沖縄はアジア最大の核弾薬庫と化したこと、備蓄された核兵器を攻撃から守るため核弾頭をつけたミサイルが配備されたこと、1959年6月、那覇で核ミサイルの誤射事故が起きたが闇に葬られたこと、日本政府が知らぬ存ぜぬをきめこんだことなどなどを、新たに入手した機密文書や、現場で当事者だった元米兵の生々しい証言をもとにじりじりと検証していく迫力ある番組だ。