2017年11月11日土曜日

ビリン村のイヤード・ブルナート:暴力に走れば、イスラエルの思うつぼ

辺野古基地建設反対のバナーに、パレスチナのイヤード・ブルナートさんが、支援のサインをしてくれました。「I love fighters」と、イヤードさん。


イヤード・ブルナートさんは、ドキュメンタリー映画『壊された5つのカメラ』(イヤードさんの兄のイマードさんが監督のひとり)などでもおなじみのビリン村で生まれ育ちました。2004年、パレスチナの地に強引に作ったイスラエルの入植地の入植者の安全を守るためという名目で、ビリンの畑の6割を村人の住居から隔絶する壁が建設され、村人が大切に育て、生活の糧としてきたオリーブの樹が1000本、引き抜かれたり、焼かれたりという暴挙が起きました。20059月、イヤードさんたちは、非暴力抵抗運動を開始し、2007年、ついにイスラエル最高裁からすでに立っていた壁を撤去し、村人に畑が戻る形で移動せよという判決を出させることに成功しました。




ビリンの輝かしい勝利は、パレスチナのそして世界の、不正義に対する非暴力運動の勝利として人々に大きな希望を与えました。が、イスラエルでパレスチナの移動をはばみ、分断を現実としても象徴としても支える、壁が消えたわけではありません。また、生命の源ともいえる水もイスラエルに管理され、入植地ではきれいな水が張られたプールがあるのに、パレスチナ側はイスラエルからわずかばかりの水を買わされ、その配給すらおぼつかないありさまです。だからこそ、ビリンの抵抗運動は、開始から10年以上がたったいまも、続いています。毎週金曜日に、村から壁までの抗議のデモを行なうのです。



イスラエルは、海外にも知られ、海外からの支援者も多いこの運動をつぶしたくて仕方ありません。一番のターゲットになるのは、子供たち。投石したとして逮捕するのですが、投石の目撃証人はイスラエル兵士、軍事法廷なので裁く判事は軍人です。イヤードさん、本人も17歳のとき、投石のぬれぎぬで逮捕され、2年間を獄中で過ごしました。逮捕されると裁判となり、罰金を払わされ、親の家計が破綻する。これも狙いです。また、若いうちから、恐怖心を植え付け、運動から離れさせるのも目的です。



逮捕は現行犯でなく、夜襲の形で行われることが多く、武装した兵士たちが民家にやってきて寝ていた人たちをたたき起こして外に出し、狙った相手を逮捕していく。こんなことがしょっちゅうなので、幼い子供もそれが習慣になってしまい、夜いなっても、寝ない子が続出していると言います。



また、非暴力の抗議運動に対し、イスラエル軍の対応は暴力的です。使われている武器の大半は、アメリカ製。国際法で民間人に対する使用が禁止されているロケット弾、ガラス窓を瞬時にやぶるような力をもつ弾を至近距離から直撃し、死者も出ています。また、動物の狩猟用の022という銃弾で、スナイパーが若者を狙いうちます。一度に200発以上の催涙弾を発射できるマシンも使われ、あたり一面が煙でおおわれます。まさに、アメリカの新開発の武器の実験場だというのです。



また、ビリンの抵抗を外の世界に知られたくないため、メディア、特にカメラは狙い撃ちの対象とされているとのこと。

何度も逮捕され、負傷してきたイヤードさん。4人の子供の父ですが、息子たちも逮捕・負傷しています。長男が重傷を負ったときの父親としてのつらい思い、それでも未来の世代のために続けねばという決意を切々とつづった文もネットで読むことができます。("Israelisoldiers shot my teenage son. "

ビリン、そしてパレスチナの現状を海外に伝え、支援をつなぐ活動も熱心におこなっていて、119日、ニューヨークのハンター・カレッジでのトーク・イベントでも、次代を担うアメリカの若者にぜひ知ってほしいと熱意がみなぎりました。

イヤードさんは、武装闘争自体を全否定しているわけではありません。「あらゆる形の抵抗は、国際法でも認められる」と断言します。非暴力は、意識的な選択なのです。ビリンのデモでも、特別警察の一員が支援者にばけてはいりこみ、投石を始めサボタージュしようとするケースもありますが、身を挺して止めているということです。



質疑応答で、ニティン・ソナワレさんが質問しました。ニティンさんはガンジーの信奉者で、2年後のガンジー生誕150年を機に、自転車で世界をまわる旅をインドから始め、たまたまニューヨークにいたのです。「日々、そんなひどい暴力に直面しながら、どうやって非暴力を信じ、続けられるのか?」

イヤードさんの答えはこうでした。「私たちだって人間です。うちの3歳の息子がけがをさせられたり、友人が亡くなることもある。非暴力をつらぬくのはとても大変です。でもイスラエルの占領軍は、私たちに暴力を使わせようとして暴力をふるっている。私たちが暴力的になれば、彼らの勝ちです。それにまた、私たちは非暴力を信じています。人が人をあやめるべきではないのです。こういう風に思うようになったのは占領下で育ったからだと思います。17歳で逮捕され、2年間、獄中で過ごしました。また、ガンジーやマーチン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラなど世界の運動からも多くを学びました。彼らの成功から希望を与えられています。」

トーク終了後、NYでのスタンディングに使ってきた辺野古新基地建設反対のバナーに支援の署名をお願いすると、「I love fighters」と快く、応じてくださり、沖縄とパレスチナの思いがつながりました。


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