2017年1月16日月曜日

あるはずの無い異変 トランプ大統領

文=大竹秀子

Dec 3, 2016

 驚きのトランプ当選。米大統領選に起きた「あるはずのない異変」に泡をくったリベラルな論者たちは、「なぜ?」という問いに頭を悩ましている。


2016年11月12日、トランプ当選直後に行われたNYでの反トランプ・デモで
わけてもらったShit on Trump カード


裁かれた二大政党


  裁かれたのは、二大政党の欺瞞だ。共和党か民主党かと大騒ぎしてみても、目指すはいずれも金ヅルがもっと儲けてくれる体制。両党にさしたる差はない。移民や貿易に厳しい姿勢を取る共和党。だが社会的弱者への差別・無関心を根っこに抱え、企業をもり立てる政治に励む。雇用の海外流出を真剣に止める気などありはしない。

民主党はどうだろう。マイノリティとマルチカルチャリズムを謳い働く者の味方というイメージをふりまいてはいるが、グローバリズムを推進しウォールストリートへのご奉仕に余念がない。国民が訴える、1%と99%との間で広がり続ける格差。だが、現実となった貧困あるいは目前に迫った貧困へのおびえを政治は相手にしないのだ。

 アメリカ社会に階級はない。人種差別の時代は終わった。両党が信じ込ませようとしてきたこの2つの嘘をトランプはエサにした。階級支配してるじゃないか、差別したっていいじゃないか、それが正直というものだ、という「正論」をふりかざして。

 政治から見放されてきた白人労働者層、怒れる庶民のために闘う戦士、そんな虚像を売ったトランプ。だが、受け狙いの大言壮語の連発なのは、買い手も先刻ご承知だ。あたり一面ひっかきまわしたてつく者をなぎ倒し自らの力に陶酔しかつ周囲の称賛を求める。億万長者のこの口先男が大統領就任後、メキシコとの国境に壁を張り巡らさなかったと言ってむくれる支持者はいないだろう。だが選挙中に繰り返した暴言のいったいどこまでがはったりでどこからが公約なのか?


核のボタンも殺人リストもトランプが握る


 米大統領が行使できる権限は際限なく膨らんでいる。もはや核のボタンだけではない。ブッシュ政権下で始められオバマ政権下で強化された無人機による「殺人リスト」プログラム。すでに2600人近くの「テロリスト」を殺害したとされる。テロとの戦いというお墨付きのもと、本来の適正手続きを踏まない殺害、捜査、監視、拷問の権限を大統領は握ってしまった。そんな負の遺産を「あの」トランプが受け継ぐのだ。


 政治家としての経験ゼロ。いきおい、スタッフに頼らざるをえない。現在、組閣が進行中だが、決まった顔ぶれだけでもつっこみどころは満載だ。主軸はご褒美人事。早くから支持を表明した、顧問を務めた、多額の献金をしたなど当選への貢献が報われる。

人事は経営の根幹だ。選挙戦中には共和党を壊すのではないかと恐れられたが戦略にぬかりはない。副大統領や主席補佐官など共和党主流派に強いパイプをもつ人物を要所に配し「大丈夫だから」というメッセージを共和党に送った。と同時に誰はばかることない極右でレイシストのスティーブン・バノンを主席戦略官・上級顧問として身近に置き、ポリティカリーコレクト大嫌いな大向うへのご機嫌とりも忘れない。

キリスト教至上主義者の進出


 こんな中、トランプ政権誕生で濡れ手に粟の出世を果たした集団がある。キリスト教至上主義者だ。原理主義よりイデオロギー色がさらに濃厚でムスリムを敵視し「聖戦」を挑みたい連中だ。アメリカ第一の軍国主義、人工中絶の犯罪視、ゲイへの憎悪が旗印。ワシントン根城があり、新副大統領のペンス、拷問も市民監視もOK、「スノーデンなんか殺しちまえ」と唱えたマイク・ペンペオ新CIA長官、名だたるレイシストのジェフ・セッションズ新検事総長が、この会のメンバーだ。金と権力、女が大好き。信仰になどとんと関心がなさそうなトランプだが、ムスリム=テロリストとする手合いがチェイニーも真っ青なダークな政策を展開可能な布陣である。

 政治家やウォールストリート、主要メディアからはすでに「トランプ、案外いいかも」という声があがっている。商務長官と財務長官にウォールストリート本流の人物が起用されたことも安心材料だ。後はインフラ整備事業や企業の海外流出回避を企業やおとり巻きが儲かる形で進めてくれればそれでいい。トランプは最低賃金はすでに高すぎると言っているし、オバマケアだってつぶしてもらって結構だ。エスタブリッシュメントの間での手打ちは、それですむのかもしれない。だが、有権者はどうなるのか?

オルタナ右翼が表舞台に


 トランプへの期待に燃えて投票所に赴き、勝利を誰よりも強く支えたのは白人労働者層だ。白人として生まれながらの特権をもっていて当然なのに不当に迫害されていると思い込んでいる連中だ。特権者叩きを一応口にしつつ、トランプは彼らの痛みを結局は「自分たちだけいい目を見ている」他の社会的弱者へのねたみ・そねみに向けさせた。我こそが「真のアメリカ人」だと信じ自分たちが再び輝く「偉大なアメリカをもう一度」と気勢を上げている彼らだが、アメリカを仕切っているはずの35歳以上の白人男性数は人口統計上、すでに2割を切っている。

 フェミニズム、公民権運動、移民保護、宗教や性的指向はじめ多様性の許容、地球や生物に優しい環境への配慮―黒人大統領の下で8年間こうしたものにふたをされ我慢していた憤懣が発言権を与えられて一挙に吹き出した。ポリティカリーコレクトのタブーを破るのは、とてつもない快感だ。「オルタナ右翼」という名のもとにこれまでは日陰者だった白人至上主義者たちが公然と発言し、ヘイトクライムが多発している。パンドラの箱が開かれたのだ。

抗議こそ民主主義


 翻ってトランプ反対勢力も黙ってはいない。確かに総得票数ではヒラリー・クリントンがトランプに2百万票差以上で勝った。確かに金にまみれた現在の代議制議会にしっぽを振る必要はない、と言ったかもしれない。が、気がついてみると大統領はもちろん、連邦議会の上下両院の過半数、州知事の3分の2を共和党が握っており、最高裁判事の選出にも同じことが起きるだろう。政治制度的には完全な少数派に陥っている。環境、女性の権利、性的指向の権利、マイノリティや移民の権利で逆風となる政策が次々に打ち出されてくるだろう。

 トランプ当選が発表されるや、大勢の人たちが抗議の集会やデモに繰り出した。最初にたちあがったのは高校生も含む若者層だ。これに対して日本では「選挙で結果が出たのだから、いまさらじたばたするのは筋違い」とする発言が「民主主義」擁護者を標榜する々の間からも多数聞かれた。とんでもないことだ。できることなら選挙結果を公正にくつがえす、それが不可能でも憲法が保障する人権をふみにじる発言をはばからずにきた次期大統領への反対の声を機先を制して強く表明し圧力をかけることがこれほど重要な時もない。首を長く伸ばして打ち首を待つなど、日本ならいざ知らず、市民活動をたゆまず続けてきたアメリカのアクティブな市民の発想にはない。

インターセクショナリティ 人種差別と階級差別をつなぐ


 民主党予備選で腐れた二大政党政治をくつがえす希望の星とされたバーニー・サンダーズも精力的な活動を再開し、民主党の根底からの改革を謳って脚光を浴びている。「ヒラリーではなくサンダースだったら投票に行ったのに」、「彼ならきっと勝てたのに」という思いを抱く人は大勢いる。確かに彼は下からの民主主義の根っからの信奉者だ。だが、2大政党という枠組を破ろうとはしない。他に答えはないのか。模索は続く。

オバマ政権下の8年間、いまではインターセクショナリティということばでくくられるようになったが、進歩的な市民運動の中で、黒人、女性、移民、政的指向など政治的・社会的に弱者の立場に置かれた人々が、抱える問題、守りたいもの、目指す志は共通だとごく自然に理解して手を結び輪を広げてきた。新たな試練を受けながらもこの試みはぶれずに続きさらに鍛えられていくことだろう。

 アメリカでは人種差別が、白人貧困層の不満のガス抜きに使われてきた歴史がある。本来なら手を結べるはずの2つを抑圧する者が分断してきたのだ。トランプにかけた期待がやがて裏切られる時が来た時、身を滅ぼす憎悪を生きるのか、連帯の中に解放される道を選ぶのか、岐路に立たされるのは、むしろこうしたトランプ支持者たちなのだ。
[初出 『ピスカトール』2016年12月号]



 

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