July 10, 2017
文=大竹秀子
ヴィンセント・チン |
つばを吐かれたことがある。
真昼間のNY.街を歩いていただけなのに。
相手は、若者とも中年ともいえない年頃の白人の男。数歩後ろにいた私の急ぎ足がそいつの歩調と、ぴたっと合ってしてしまった。後をぴったりつけている感じ。いやーな気分が、私にだってしたのだ。そいつは、振り返り、ぎろりとねめつけてから言った。「おまえのような細いきつね目のやつらのおかげで、なんたらかんたら」。「なんたら、かんたら」が、聞き取れなかった私は、つい「え、なに、な~に?」と聞いてしまっていた。男の目が憤怒で燃えあがり、顔面ねらってつばが飛んできた。
幸いこちらは、左折する瞬間。直進を続ける男のコントロールは狂い、つばは地面に落ちた。一瞬、頭は真っ白け。それから、無性に腹が立った。去って行く男に向かって、中指たてて「ばっきゃろー」と叫んでた。それで終しまい。
だけどあの時、あいつがあいつではなく、私が私ではなかったら、あるいは、あいつはあいつで私は私だったとしても、たとえば、あれが夜で、あたりに誰も歩いていなかったりしたら、まったく違う、恐ろしい結末に終わることだってあり得たのだ。